猫、その不思議
妹が拾ってきた猫とその子供の話。かなり長いけど書かせてくれ。
今から23年前、俺が高校2年の時に妹が子猫を拾ってきた。妹曰く
「目が合っちゃった」
とのこと。俺たちきょうだいが動物を拾ってくると決まって
「戻してこい」
って言う親父が妹が涙目で
「お父さん、どうしよう」
って言ったら
OKが出た。俺は高校から帰ってきたら家の中で猫の鳴き声が聞こえてきたのでびっくりしたおぼえがある。
雌の三毛猫でニャアニャア鳴くから名前はニャアと命名。
家族そろってなんと安直なネーミングセンスなんだ。
その後ニャアはすくすくと育った。イタズラもしたが頭も良かった。狩りも上手くてネズミやスズメをよくとってきてた。
「明日は早起きで○○時に起きなくちゃいけないから起こしてね」
って頼んでみたら、最初は俺のベッドの周りでニャアニャア騒いで、俺はもう目が覚めてたけど、どんな起こし方をしてくれるのかが楽しみで狸寝入りをしていたらベッドに上がってきて耳元で大声で鳴いて、それでも起きなければ肉球でほっぺたをペチペチ。さらに起きなかったら爪でほっぺたをなでてきた。
「やべ、次はガリッとくるぞ」
と思ってそこで起きた。
ニャアが家に来てから約1年。発情期を迎えたので避妊手術をするか否かの家族会議があったが、
「1回ぐらい出産を経験させてあげたい」
というわけで自由に家の中と外を出入りしていた（実家は田舎）ニャアは妊娠、出産。
5匹生まれて、雄の茶虎は『トラ』こいつはけっこう生意気で１回俺とガチでケンカした。
雌の黒虎（キジトラっていうんだっけ？）は当初の命名が『クロトラ』でもあまりにもおてんば娘なので『ウルトラ』になったけど呼びづらいので『ウルチ』。
雄の黒白ブチが乳牛のホルスタインみたいだから『ホルス』こいつは体は大きいくせに甘えん坊で外で喧嘩してくると家にダッシュで帰ってきてお袋に甘えてたっけ。ケガしないで帰ってきてたのはそこそこ強かったからなのか逃げ足が早かったからなのか。
雌ですこし毛足が長く、白茶のブチが『チャブ』おっとりとした性格だった。
未熟児で生まれた黒っぽいやつは『ミジュクちゃん』
ミジュクちゃんはやはり生後数日しか生きられなかった。もう少しまともな名前を付けてあげればよかったなと少し後悔した。
生まれたばかりの子猫たちはまるでカラフルなうまい棒が並んでるみたいで、これが本当に猫になるのかと思ったりもした。
が、2ヶ月もすると毎日家の中は大運動会。名前を呼ぶと子猫が一斉に俺に向かってきて猫まみれ。
そんな楽しい毎日だったが、猫がこれ以上増えると面倒をみきれないので、ニャアの避妊手術をした。約１週間の入院だった。
ニャアが帰ってきたら子猫の様子がおかしい。母猫ベッタリだったのに距離を置いてる。
そこで俺は
「忘れちゃったの？おまえらのお母さんだよ」
と、強引に子猫をニャアにすりつけてみたらうまくいったみたいだった。
それからも毎日の運動会は続き、秋口に入って子猫たちもいい加減大きくなってきた頃、
ニャアが育児ノイローゼみたくなった。
高校受験を失敗した自分はリベンジに燃えて無理目の旧帝を目指して、家にいるときは看護師のお袋が夜勤の時に食事の支度をする以外はほとんど自室で勉強していた。テレビもほとんど見なかった。
育児ノイローゼになったニャアは俺の部屋のドアをカリカリやって
「部屋にいれて」
とよくきたので、机に向かって膝の上に載せてやったらニャムニャゴとよく喋っていた。
俺も勉強ばかりだと息が詰まるので、ニャアのおしゃべりにつきあったり学校や勉強の愚痴を聞いてもらっていた。
そんな状況だったけど、うちの親も妹もやっぱり子猫の方がかわいい。俺だって見てて飽きないし楽しい。
けど、だからといってニャアのことを構ってやらないってのはないだろうって思ってた。
ニャアが一人ぼっちにならないように１８歳ながら気を遣ってたんだ。
そして迎えたセンター試験１日目。家に帰ってきてみたら、チャブが帰ってこない。心配だったけどセンター２日目もあったから試験を受けに行き、帰ってきた。ら、チャブが前の日に死んでいたことを知らされた。病死か事故死かは教えてもらえなかった。
俺はまるで自分の受験のために命を懸けて神様にお願いしに行ったように思えて、チャブを埋葬した梅の木の下で１時間ぐらい線香を炊きながら泣いていた。
センターの結果はさんざんだった。８００点満点で５８０点。
俺が目指した北大の安全圏は６４０点。
いろんなもののために死にものぐるいで２次試験の勉強をした。自宅研修期間だったけど毎日のように学校に通ってわからないところは先生たちに質問しまくった。
夜は自宅で勉強した。ニャアはよく俺の部屋でくつろいで（監視して？）いた。
２次試験の手応えはまずまず。しかしセンターの点数はまずい。でもなんとか合格。
周囲の友達や先生は拍手喝采。親は涙を流して喜び、顔を合わせたこともない親戚からお祝いが届き、本人は狂喜乱舞せんばかりの勢い。
でも宇都宮から札幌に行くに当たって不安が１つあった。
ニャアのことだ。俺がいちばんニャアの相手をしていた。親を責めるわけではないが、親は子猫のことばっかり構ってた。妹もどちらかといえば子猫の相手をするのが多かった。
自分が家からいなくなったらニャアも家出してしまうのではないかと思った。
だから、ニャアの頭の良さを信じて、
「俺は北海道っていうとても遠いところへ行くけど、夏になったら帰ってくるからね。お前もちゃんと家にいるんだよ」
と、何回か言い聞かせた。
夏に帰省してみたら、ニャアはいなかった。俺が札幌に旅立ってまもなく家を出たらしい。
少し悲しい気分になった。どこかで生きているといいなと思っていた。
子猫…トラ、ウルチ、ホルスと子供たちは俺のことを忘れないでいてくれた。
そして俺は実家から出た開放感からか留年を繰り返し、大学を３年で中退した。
周囲の人間、特に身内からは罵倒の嵐だった。自業自得だけど辛かった。
その頃にはトラは家出してしまっていて、ホルスとウルチしかいなかった。
以前と変わりなく接してくれたのはこの２匹だけだった。
猫がいなかったら周囲の人間に責められるばかりで俺は精神がおかしくなるか自殺していたかもしれない。
やがて月日は流れ、ホルスは外に女を作って帰ってこなくなり、猫はウルチだけになった。
猫、というよりウルチがいる生活は楽しかった。
ある時、ウルチが吐いて下痢をした。嘔吐の様子が普通じゃないので病院に連れて行ったら、パルボウィルスに感染・発症したと言われた。
とりあえず病院に預けて家に帰り、PCでパルボウィルスのことを調べてみたら予後不良の確率がかなり高く、生存率はきわめて低いとのことだったので、せめて最期は住み慣れた家で看取ってやろうと母親と話し合ってウルチを病院から引き取ってきた。もう１５歳だし、しょうがないかともはなしていた記憶がある。
助かるかどうかは運とウルチの体力次第だった。ウルチが嫌がっても無理矢理薬を飲ませた。
仕事に行ってもいつもの「明るく、元気に」ができなくて、仕事はこなしていたけど手につかなかった。
帰ってみたらまだ生きてた。鳴き声も朝よりハッキリしてる。
なんとか峠を越して命は助かった。生存率がかなり低い病気なのに助かって嬉しかった。
それからまた少し時はたち、俺は結婚したがすぐに離婚した。
一生懸命にがんばったものが壊れてしまったことと、頭がおかしい人たちを相手にしてしまったことで俺は酒浸りの引きこもりになった。
引きこもっている俺の部屋の前で大声で鳴くウルチ。まるで
「部屋から出てきて遊んでよ。離婚のことはもういいじゃん」
と、何回も何回も部屋の前で声をかけてくれた。
しかし俺は立ち直ることができず、アルコール依存症になって精神科に入院。
離婚がきっかけなのかアルコールがきっかけなのかはわからないが、うつ状態にもなり、当時勤めていた会社も退職。
その後もいくつか職に就くけど、鬱が出たりアルコール依存症が再発したりして長続きしなかった。
そんなある日、なんだか気分が軽くなった。鬱によって霧が立ちこめていた頭の中が晴れた感じだった。
その日の夕方、母親からウルチが亡くなったと連絡があった。
鬱が晴れたタイミングを考えると、ウルチが死んで天に昇っていく途中に俺のところに寄って猫パンチ一閃で俺の鬱を払ってくれたとしか思えない。
俺は猫たちに大したこともしてやれなかったのに、猫たちは俺のために命を懸けてくれたり、精神的に助けてくれたり、死に際に鬱を払ってくれたり。
不思議なことをいろいろしてくれた。
あと何十年後かわからないけど、いつか虹の橋で会ったらお礼を言わなきゃならないな。
あそこに行けば言葉も通じるようになるって話だし。
俺は離婚してから実家を離れました。
ウルチが２０歳になり、体も弱ってきて母親が病院に連れて行った帰りに俺のアパートにつれてきてくれてたまに顔を合わせていました。
亡くなったのは去年のことです。享年２１歳でした。
苦しむこともなく、大往生だったと聞きました。
もうこの先動物を飼う気が起きません。
頭では寿命の違いをわかっているのですが、やはり別れのかなしさがつらいです。
長々と失礼しました。
