俺が小学校二年生の時だったと思う。
近所に住む友達の親が、飼っている犬が近々出産するから一匹貰ってくれないかとうちに相談にきたんだ。

当時うちでは動物の類は「人間より先に死んでしまう。」と言う理由から何も飼っていなかったし、飼うつもりもなかった。
だから母はきっぱりと断った。

飼う事は出来ない、でも子犬に会いたい。
俺は毎日毎日学校が終わると友達の家に遊びに行った。


そんなある日、友達が学校で俺にこう言ってきた。

今でも覚えている。
「明日子犬をどっかに連れて行っちゃうんだって…殺されちゃうのかな…。」と。

俺はその時子供で気のきいた言葉をかける事なんて出来ず、ただただ呆然としていた。

その日、急いで家に帰り母に今日の事を話、何度も何度も犬を飼いたいとお願いした。

しかし、母は願いを聞いてくれず、俺は部屋で泣きまくった。名前も無い、飼ってもいない子犬を思い泣きに泣いた。


しかし、次の日の朝、居間に行ってビックリした。いや、目を疑った。

子犬が、見覚えのある子犬が、居間にいたからだ。

おはようの挨拶も出来ないぐらい色んな感情がグルグルまわる俺に、母は一つだけ約束しなさいと言った。

死ぬまで責任をもって面倒をみる事。
と。

俺はそんなの当たり前だよ！と言った気がする。子供の安請け合い…


今だからわかるが、子供だった俺はこの意味を軽く考えていたんだろうな。


続く

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犬の名前は家族会議の結果「ケン」に決まった。
候補は沢山あがったがあーでもないこーでもないとグダグダになっていると、父が
「犬だからケンだ。決まり」
と有無を言わさず決めてしまったからだ。



ケンは生後二ヶ月ぐらいでうちの家族になった。
うちにきた当初のケンは、やや痩せていて、たれ耳、茶一色。何の特徴もない雑種犬。


それを見た母が
「耳が立たないかねぇ、色もパッとしないわぁ」などと言った。


きっとケンは母がこの家の主と言う事を敏感に察知したのだろう…。

一ヶ月もしないで垂れていた耳はぴーんっと立ち、半年もすると茶一色だった体は、胸にダイヤ形の白い模様が出来、尻尾の上側のみうっすら黒の縞模様が出来た。

多分ケンにも「このままじゃあかんっ！」て危機感があったのやも…


そんなケンは沢山ご飯を食べ、良く遊び、雑種とは思えないぐらい凛々しく、たくましい犬になった。

し・か・し、
ついでなのか何なのか、首輪の外し方を覚え…、窓や門の開け方を覚え…、約２ｍはある壁を飛び越える忍者のような犬になった…。

つまり、いつでもその気になれば脱走出来ちゃう訳だ。
でも脱走は夜のみ行う。しかも朝には必ず戻っていると言うなかなかの遣り手。
これには流石に俺もどうしようもなかったので母に相談。

母がケンに何をどうしたかは知らないが、相談した日から脱走をしなくなった。
母恐るべしである。


続く

少々手癖？が悪いとは言え、ケンは病気もケガもする事なく、我が家の家族の一人としてスクスクと成長しました。


毎日毎日ケンと遊び、海にも山にも行ったし、夕方の鐘がなっても散歩から帰らないで二人一緒に怒られもしたなぁ。

時には向かい側から犬が来た時は俺の前にケンが立って守ってくれたり、母に怒られて泣いてた時は普段鳴かないのにワンワン吠えて励ましてもくれたっけ。

ほんと兄貴みたいな存在だった。


でも中学に入って部活やり始めるとケンの散歩もあんまり出来なくなり、ケンと過ごす時間が少なくなっていった。
色々疲れて休みの日も散歩に行かない時も多々あった。

その度母に、ケンを飼う時に約束したよね？
と怒られる。それがまた嫌でだんだんケンを散歩に連れて行かない日が増えた。 どうせ母が散歩やってるし。と言う感じで。


高校に入るとまったく散歩しなくなった。

部活・バイトで散歩する時間なんてなかった。いい訳だけど…。


そんなある日。
あれは暑い暑い夏の日だった。

珍しく部活もバイトも無く、学校から早く家に帰れた。
家の近くにくると何か騒いでるのが分かった。
急いで家に入って言葉を失った。

ケンが、昨日まで元気だったケンが居間でグッタリと横たわっていた。

背骨と肋骨がハッキリとわかる程体は細くなり、呼吸も苦しそうだった。

俺はパニック状態だった。目の前の光景を受け入れられなかった。

そんな情け無い俺を見て、ケンは俺の事をジッと見ながら、ゆっくり立ち上がった。

「散歩に行こう？」てケンの声が聞こえた気がした。

俺は泣いた。大声を出して泣いた。



今でも後悔してる。
俺はあの時、ケンの気持ちを踏みにじって自分の部屋に閉じこもってしまった。
ケンが最後の力を振り絞ってくれたのに。こんなクズな俺を待っててくれたのに。
俺はケンを裏切った。

俺が部屋に閉じこもり、母や兄がなんか言ってたところまでは覚えてる。

俺は泣き疲れたのか…理由はわからないがいつの間にか寝てしまった。


目がさめたのは三時間後ぐらい。

目がさめたのは
「ケンに呼ばれた」からだ。これだけはハッキリと言える。
目覚めてから着の身着のまま外に出て走った。

向かう場所は動物病院。

でも動物病院に行くとも聞いてないし、ましてや動物病院なんて一回も行った事のないケンが何処の動物病院に行ったかなんて誰もわからない。

しかも近所には動物病院がいくつもあった。

でも俺は最初から迷う事なくケンがいた動物病院に向かっていた。

何で分かった？と聞かれても理由はわからない。


動物病院に着くとケンは意識すらない状態だった。

目をつぶったまま、苦しそうに呼吸している姿を見てまた泣いた。
馬鹿みたいに泣いた。

そんな状態がどれだけたったか。
先生がこのまま見届けるか、家に連れて帰るか聞いてきたので連れて帰る事にした。

母らは動物病院に車で来ていたのでケンを車に乗せ、車には乗れたが俺は歩いて帰る事にした。
これも何故一緒に帰らなかったの？と言われたら理由はわからない。
そうしなければいけないと思った、としか言いようがないからだ。


俺が家に帰るとケンはすでに亡くなっていた。
車に乗せ、走り出して一分もしないうちに亡くなったと聞いた。

それから誰も一言も話さず、ケンの体を清め、朝が来るまでみんな泣いた。


次の日、火葬を終え家に帰ってもケンが亡くなったと言う現実をなかなか受け入れられなかった。

窓をあけ、庭を見ればまだケンの小屋があり、ご飯を入れる器もそのまま。

ケン！て呼べば小屋から顔を出すんじゃないかって何度も思った。

でももうケンはいない。
散歩に行きたくても、遊びたくても、もうここにはケンはいない。

中学校ぐらいから散歩に連れて行かなくなった俺をケンはどう思ってたのかな…。


ケン。

最後に力を振り絞って立って俺を見て、散歩に行こうって誘ってくれたのに、応えてあげれなくて本当にごめん。

ケン。
何度も何度も遊ぼうって俺を見て、それに気付いてたのに無視してごめん。

ケン。
俺は何もしてやれなかったけど、俺にいっぱい思い出くれてありがとう。

ほんと、俺は馬鹿で弱虫で情け無い奴でケンに何にもしてやれなかった。

今でも中学生時代に戻れるならば散歩にいっぱい行きたい。
いっぱい遊びたい。
そして謝りたい。

ケン。
俺がそっちにいったらまた散歩に行ってくれるかな？

何年後になるかわからないけど、待っててくれるかな？


ケン…
また散歩行こうな。